読書記録:"How Google Works"

2011年までGoogle CEOだったエリック・シュミット達が書いた"How Google Works"の日本語版を読みました。Googleの文化と歴史に基いた、いわゆる経営戦略本です。   

偉大な経営者の自伝や名言集は山ほど存在してますが、現在進行形で繁栄を続け圧倒的な利益を産んでいるあのGoogleで10年近くCEOや重役を務めた人たちの生きた言葉からこのタイミングで学べるのは非常に貴重な体験です。今テクノロジーに関わる仕事をしている人には強く勧められる内容です。

「文化」「戦略」「人材」「コミュニケーション」「イノベーション」という順で書いてあるのですが、自分なりに3つのカテゴリで内容を要約してみます。   

GoogleGoogleたらしめているもの

最も価値あるのが意外にも「文化」と「人材」です。

この本は著者たちが"スマートクリエイティブ"と呼ぶ、技術力とリーダーシップと柔軟な発想と協調性を兼ね備えインパクトを与えられる技術者の重要性がこれでもかというほど強調されています。

言うまでもなく、Googleエンジニアの多くがそれにあたるのが同社の圧倒的な強みなのですが、それをもたらしたのは偶然や単なるブランド力の結果ではなく、"スマートクリエイティブ"のみを採用し続けることへの徹底なこだわりだったと明かされています。

有名な一風変わった採用テストだけでなく、高い採用基準と厳格な採用プロセスの整備・運用と、"スマートクリエイティブ"達が積極的に貢献し一ヶ月でも長く勤務してくれる企業文化こそが重要であり、よく言われる福利厚生の充実などはほんの一端にすぎない、というのが主張です。

「人材は企業の宝」「自分より優秀な人を採用しよう」というのはあらゆる本に書かれていることですが、(特に成長初期の小さなベンチャー時期を過ぎてから)それを実践するのは極めて難しく、それでもGoogleが「採用より効果の高い投資はない」と考えて作ってきた仕組みが具体的に書いてあり、非常に興味深いです。

印象的なのが、Google社員の優秀さを絶賛している著者たちがこの章だけは「面接の重要性をいくら説いても評価報告が遅れたりドタキャンするなど軽視している社員も多く、理解できない」と嘆き、正しい人材を集めるための試行錯誤の歴史が描かれていることです。

 

インターネット時代に重視すべきもの

主に「戦略」に書いてあることですが、変化の早いこの業界ではMBA保持者が作りそうな綿密な事業計画のようなものは(後から振り返れば)100%間違っているはずであり、その完璧さを求めることは意味がなく、変化に追従した柔軟な経営判断できることと、その根底に流れる不変の行動原則を持つことがはるかに重要とされます。

常にユーザーを優先すること、市場調査ではなく技術的アイデアに基いてプロダクトを作ること、技術的優位性はすぐ埋められるのでスピードとスケールを重視しプラットホーム拡大を急ぐこと、そのためには一時的に売上を減らしてでも常にユーザー(時にはパートナー企業の)利益を優先すること、競合がやっていることのフォローはしないこと、などが挙げられています。

もちろんGoogleも失敗したプロダクトはあり、代表としてWaveやBuzzなどの例が出てきますが、全く失敗しないのはリスクを取るのが足りないことを示すし、社内制度なども現実に仕組みがフォローするカオス状態であることが健全だ、というあたりは自分達の会社の状況と照らしあわせて参考になりました。

リスクゼロ志向に陥り、本質的でない漸近的な進化のみに留まり、気が付くと破壊的イノベーションによって追い詰められてしまう典型的な既存の大企業と比較して、Googleも完璧ではないがベターではあるということが述べられています。

ただシュミット自身が名付け親とも言われるクラウドコンピューティングの分野でAmazonの覇権を許してしまっていることについてはまったく言及がないのが少し不満でした(別インタビューでシュミットは「重要性はわかってはいたが当時は主要プロダクトの検索・広告以外に関わっている時間がなかった」と答えているそうです)。   

ソーシャルに関しても、Facebookの急速なユーザー拡大に危機感を覚えたモバイル担当役員の働きでGoogle+ボトムアップで登場した美談(?)として書いてあるだけでした。

 

普遍的に大事なもの

「コミュニケーション」「イノベーション」で述べられていることの大部分がここに入ります。

イノベーションについては、リスク回避志向になる大企業のいわゆる"イノベーションのジレンマ"的な話が中心です。

イノベーションだけを能動的に起こす魔法はたとえGoogleでも存在せず、社員の裁量の中でそれが生まれる状況を許すだけが企業にできることで、あの有名な20%ルールがこの章の中心の話題です。そうして生まれるイノベーションの原始のスープの中から、チームの賛同などを経て(淘汰を超えて)残ったものがその後プロダクトとして世に出るとのことです。

ただ、Web検索の機能追加など事例が少し古いと思えるのも事実です。Googleの最近のロボット関連企業の買収劇やデバイス系の開発はもう少しトップダウンに見えるので、現CEOのラリー・ペイジは違う考えなのかもしれませんね。

またコミュニケーションの章は意外なほどローテクで、経営陣が社員との対話を促す手段や、効果的なメールの送り方など、極めて一般的な内容が書かれていました。逆に言えば言葉を尽くす以外に人間同士の理解に王道などなく、Googleでもそこは変わらないということですね。   

 

最後にひとつだけ言うとすれば、上記は直近15年のインターネット普及の中で"検索"というユーザーの根源的な行動を押さえることで爆発的に成長したGoogleの"過去の"軌跡でしかないとも言えます。もちろん現存する中では(Facebookに次いで)新しい事例ですが、今後の15年で異なる社会変化を伴って起きる競争では、上記から引き算・足し算すべきことがあるはずなので、そこは自分達の脳みそで考えていきたいですね。

そんなことを考えながら「おわりに」を読んでいたら、結びの部分で思わずニヤニヤしてしまいました(読んだ人にはわかる)。とりあえずオススメの本です。

 

※エッセンスだけはこちらのSlideshare資料でも述べられています。