優良AIスタートアップの見分け方

ある方にAIスタートアップの評価方法について聞かれ、いろいろ考えてたら面白くなってきたのでここにまとめて記しておく。手短に言えば、秘密主義は良いサインとはいえないし、AIで何でも出来るはウソだし、応用と顧客に寄り添う堅実さがが第一ということだ。まったくの個人的な意見であり、基本的に余計なお世話だとは思うが、笑い飛ばしてもらえれば幸いである。

なおここでのAIスタートアップの意味は、分野や規模は問わず、人工知能・AIという言葉を前面に出している新興テック企業とする。

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「秘密の独自AI技術(特許出願中)」を第一にアピールして"いない"

ビジネス自体に新規性がない場合、テック企業としては技術力をアピールしなければならないが、言葉にすると「世界最高レベルの自社技術」など情報量のない表現の羅列になりがちだ。

サンフランシスコ界隈で数多くのAIスタートアップを取材している記者の話では、技術のコアについて尋ねられると「独自の技術で…」「特許出願中なので詳細は明かせないが…」と言葉を濁すCEOが多く、大抵の場合は技術レベルに疑念を抱かせると言っていた。違いを問われた側は、差分がどうであれ「オリジナルの良い技術を持っている」と言いたくなるかもしれない。詳細を聞かれても「それは企業秘密です」と煙に巻いておけばいいと。しかしそれを聞いた側は、この会社は大したことのない、コモディティ化した技術に毛が生えたものを良く見せかけてるだけではないか、と感じてしまう。

専門分野に特化したアルゴリズムと長年培ったノウハウを売りにしている老舗は別として、新興のスタートアップが汎用的かつ世界で唯一無二の秘技を持っている可能性がどれくらいあるだろうか。特に、深層学習を中心としたAI技術は極めて「オープン」な場で急速に進化しており、毎日新しい論文がarXivで公開され、毎月のように最高精度のアルゴリズムが入れ替わることも珍しくない。またその要因も、独立したブレイクスルーが立て続けに起きているというよりは、新しい手法が査読なしに論文で共有され、良さそうなものはすぐに実装を公開する人が現れ、その素直な拡張とちょっとしたアイデアの組み合わせは直ちに網羅的に試され、うまくいったものがまた論文になるという繰り返しで、小さな進歩が超ハイペースで積み重ねられているのが実態だ。

そのような環境の下、もし小さな会社がある時点で世界最高精度を達成する素晴らしいトリックを持っていたとしても、それを企業秘密として抱え込むことにどれだけ意味があるだろうか。わずか数十人のスタートアップ内での改良が、数千の優秀な頭脳が世界中でアイデアと成果を共有し、日進月歩で進んでいく公開技術の追随をいつまでもかわせる保証はない。

そもそも独自であれば必ず優れているというわけではないのだ。最新の公開技術にキャッチアップ(あるいは積極的に貢献、こちらは後述の技術情報発信にかかっている)しながら、どうビジネスに活かすかの部分で優位性(技術レベルだけでなく製品の市場投入のスピードやビジネスモデルの巧みさでもいい)を示す企業のほうが健全である確率は高い。

応用分野を絞って深く入り込んでいる

最近話題になるAI技術は画像認識やゲームプレイなどの応用からわかるようにおよそすべてタスク特化AIに関するものであり、人間同等のAGI(汎用人工知能)の実現にはまだまだ多くの技術革新が必要と考えられている。それなのに、あらゆる目的に使える「汎用AI」を現時点で実現したかのように謳うのはかなり誇張、あるいはウソだ。

応用を限定せず汎用的であることを謳うのは簡単だが、それを真の強みにするのは相当難しい。なぜなら顧客が解いて欲しいのは単一の課題であり、その分野にも必ず専業の競合がいるからだ。汎用AIとしてプロモーションを行えば「何もしなくてもAIが自分たちの課題を解決してくれる」ことを望んでいる顧客と話は盛り上がるかもしれない(汎用AIにお任せなのだから)。ただ、実はそのような魔法は存在しないので、やがてお互いにとって不幸な結末をまねくだろう。対象の絞込みが足りない「何でもできる」の多くは「何も大してできない」の裏返しでしかない。

逆に、特定の業界で長年の経験を持つ創業者が、AI技術との組み合わせによる新しい可能性を追求するため、その技術を持つ共同創業者(典型的にはCTO)と立ち上げたスタートアップで、適切に顧客と資金を集めて成長しているところは手堅くビジネスを行っていると見ていい。また、その業界の大企業に買収される可能性も高い(AIスタートアップはM&AによるExitがほとんどでIPOの例は少ない)。あとはその業界にAI技術による改善の余地がどれくらいあるか、それによってマーケットシェアをどれだけ伸ばせるか、だろう。

謳っているビジョンと売ってるものがズレていない

「最先端のAIやってます」って言いたいだけちゃうんか、と思わせるスタートアップも存在する。ウェブサイトのトップもまずAI革命(?)を煽るところから始まる。このタイプの企業は元々違うレイヤー・分野のソフトウェアやサービスやコンサルティングを売り物にしていたところが、流行りのバズワードに飛びつく顧客の目を引くためにマーケティング用途に使ってるのが大半だ。

もちろんそれら既存の売り物が十分に顧客のニーズに応えていれば良いし、そこに外部提供のAI機能を組み合わせることもできるだろうが、しっかり統合されたソフトウェアやソリューションになっていないのであれば、あとでカスタマイズが必要なもののセット売り、あるいは個別案件の請負に近くなり、他社との差別化も人月ビジネスを越えてスケールさせることも難しいポジショニングであると言える。

ピボットはスタートアップに付きものだが、AI技術はCEOが語るやってます/やってませんの言葉の二択で済むものではない。もし以前からAI技術を売りにしていたのでなければ、その役割を担うパートナーとの協業か、優秀なエンジニア採用の形跡がなければ、社内からいきなり高度なAI技術が湧いて出てきた可能性は低い。

GoogleAmazonに踏み荒らされない分野で勝負している

クラウドコンピューティングの普及でスタートアップがITビジネスを始める初期負担が減った、あとはリーン・スタートアップの本を読んでユーザーの声を聞いて改善を続けていけば従業員数もインフラ規模も投資額も、そして売り上げ額もスケールするはずだ。目指せ時価総額1000億超えのユニコーン!という理想論は、AIスタートアップでも同じだ。実際「クラウドに用意されたAI機能をREST APIで叩けば誰でも簡単にこんな素晴らしいことができます!1000クエリ/月まで無料!」というサブスクリプションモデルも多い。

しかし待って欲しい。もし潜在的に年間売上100億あるいは1000億を超えるような市場をAIスタートアップが見つけたとして、それがクラウドサービスとして容易に実現されるとすれば、大手企業に模倣されるリスクを考えなければならない。

さて、極めて需要の高い「高度なAI人材」を多く抱えている企業はどこだろうか。おそらく関係者誰に聞いてもGoogleFacebookMicrosoftが挙がるだろう。最近はAmazonにも人が集まっている。全て米国西海岸のテック・ジャイアントだ。さらにFacebookを除けば、全世界のパブリッククラウドのシェアをほぼ分け合っている3社だ。つまり、AI x クラウドという組み合わせでいうと世界中のリソースがこの3社に極めて偏って存在していると言える。

クラウドベースのAIビジネスで、仮にこれら3社から後追いで競合サービスを仕掛けられた場合、ブランドやインフラコストやエンジニアリングリソース、さらにAI応用で重要なアルゴリズムの精度とデータ蓄積量の観点で、小さなAIスタートアップが勝てる見込みはあるだろうか。何より、本業で稼いでいるという理由で無料で出されてしまったらどうすればいいだろうか。これは恐ろしいリスクだ。

例えば初期に現れた画像認識系AIスタートアップとしては、ImageNet優勝者によるClarifaiや、著名な研究者Richard Socherが立ち上げたMetaMind、ReKognitionというAPIを公開していたOrbeusなどがあり、それぞれ個人写真の自動整理を主な応用としてWebでデモを公開していたが、同様の機能はすぐに大手が無料の機能として実装してしまった(Google Photoなど)。その後、NLPなどに軸足を移したMetaMindはSalesforceが買収、Orbeusはチームが解散して実質的にAmazonに吸収され、独立して残っているのはClarifaiだけという状況である。

Googleは圧倒的なブランドとAndroidユーザ数を持ち、MicrosoftB2B向けで依然強みがあり、AmazonAWS周辺で開発者向けエコシステムを確立している。では将来的に買収されることを狙うのでなければ、スタートアップが戦っていくにはどうすればいいのだろうか?いや、戦わなければいいのだ。クラウドだけでは完結しない分野に絞ること。汎用性を犠牲にしてでも特定の応用に寄り添うこと。クラウドに閉じこもって誰かがAPIを叩いてくれるのを待つのではなくユーザーとの密な関係を築くこと。そこにチャンスがあるのではないか。

ん?プログラミングいらずで何にでも使えるディープラーニングAPI as a Service in Cloud?それって…いや、やめておこう。

以下はAIに特化した事情ではないが、ビジネス的・技術的な評価の一般としてやはり適用できるだろう。

ユーザー顧客が付いて確かな売り上げが見えている

Amazonでレビューが付いてない商品を買うのがためらわれるように、やはり顧客が付いているかどうかは重要な指標だ。

決算が公開されていないスタートアップのビジネスの状態を推定するには、顧客の数、そのレベル(例えばFortune 500に入っているか、等)、事例の公開などを頼りにするしかないのが現状だろう。従業員数の増加や、VCからの投資額も時価総額、つまり将来を含めたビジネス規模の推定には使えるが、昨今のAIバブルを考えると必ずしも投資額の大きさがその企業の価値を正しく表してるとは限らない。

注意したいのは、お金を払って使っている顧客と、単に無料トライアルを試しただけの企業も同じユーザーの括りでウェブサイトに並べているような場合もある。無償であれば価値がどうであれ使ってくれる人はいる。インタビューなどの機会があるなら、有償ユーザーがどれくらいなのか、厳しく質問するのが良いだろう。

エンジニアが論文やBlogなどで技術情報を発信している

エンジニアが名前を出して情報発信できることは、3つの意味がある。まず、技術力のレベルに自信があること(その記事に間違いがあったりレベルが低ければ会社全体がそう見なされる)。技術者にそれだけの余裕がある(受託開発でかつかつであればそんなことは許されないだろう)。また、名前入りでエンジニア個人の市場価値が高まることを奨励する文化がある(特に、AI人材が引く手あまたの現在は引き抜きにつながるリスクが高いが、引き止められる自信が経営陣にあるのかもしれない)。

もし論文が著名なトップ国際会議に出ているのであれば、R&D組織として高いレベル、少なくとも大企業の研究所に相当する人材がいると言えるだろう(DeepMindもGoogleに買収される前からNIPSワークショップに論文が出ていた)。国内学会でのチュートリアル講演や、勉強会での発表も、無いよりはあったほうが絶対に良い。そのような機会が業務として認められていると推察されるからだ(そうでないような心の狭い企業に良いエンジニアが集まるだろうか)

Blogも、最新の論文で見つけたアルゴリズムを実装してみました系の記事や、国際会議のレポートなどがあるともっと良いだろう。

自分たちのコア(の一部)をOSSとして公開している

AIスタートアップの売り物は基本的にはソフトウェアだ。そのコアをOSSとして公開するなど、競合に利する可能性のある暴挙に見えるかもしれないが、実際にはプラス効果の方が大きいことが多い。

まずOSS公開自体が論文に並ぶ技術情報発信と見なせる。アルゴリズムも含めて公開してしまったとしても、そのアルゴリズムも論文で公開されているものと同等なのであれば、自分たちが公開しなければ別の公開実装が使われるだけなので、新たに損失が生まれているわけではない(無料で存在しているものの独自版を内部に抱えて有償提供するメリットはほとんどない)

さらに、他人が使えるということはある程度汎用的な機能群で成り立っているはずである。それがそのまま売り物になることは少なく、実際には目的に応じてその上に機能を載せる開発や、カスタマイズが必要となる。もしこのOSSが特定の応用に極めて有効であるとすれば、そのアイデアを思いついてから開発を完了するまでのスピードでも完成度でも、1番有利なのはオリジナルの開発陣であって、競合がそれを越えられる可能性は低い(そもそもリスクを取って挑んでくることはまれだろう)。自分たちのターゲットではない分野で使われる分には、これも損失ではない。そこまで悲観的にならなくてもいいのだ。

逆に、OSSユーザーからの要望や修正を受け入れることで、ソフトウェアとしての完成度が高まる利点がある。また、うまく宣伝してユーザーの裾野を広げられればブランディングでもメリットが大きいし、(将来的な)パートナーや採用候補の学生がそれを使ってくれているとすれば、Proprietaryなソフトウェアにいきなり習熟してもらうよりもはるかに効率的だ。

定量的な評価の場で成果を出している

会議論文は研究レベルの高さを示すが、そこから著者が所属する会社のソフトウェアの質やそれを用いたソリューションが実際どれくらい良いか、競争優位性があるかを知ることは難しい。別の定量的な評価があるなら、それに越したことはないだろう。

スポーツではないので、実ビジネスでのパフォーマンスが客観的に計測される業界というのは少なく、定量的な評価があるとすればベンチマークやコンテストなどだろう。AI業界でいえば、画像認識のImageNetなどが毎年のベンチマークコンテストとして有名であり、事実歴代の優勝者がその後スタートアップを立ち上げたり、大企業に買収されたりしていた(ここ数年はそういう大企業の研究部門が優勝している)。

AIに特化したプログラミングコンテストは数は少ないが、Kaggleなど問題と学習データを与えられ、限られた時間で未知のテストデータでの精度を競うデータマイニングタイプのコンペや、ロボコンのようにイベントタイプのコンテストがある。これらの場合、そもそも企業として参加している事自体が技術力への自信と、直近でのビジネスの安定性を感じさせるシグナルになっている。しかし、結果が悪かった場合も公に残ってしまうので、評判を落とすリスクもある。

最後にそこまで有効に働かないかもしれない指標を挙げる。

有名エンジェル投資家や大手VCからの出資がある

ピーター・ティール、イーロン・マスクジェフ・ベゾスセコイア・キャピタル、アンダーセン・ホロヴィッツ…投資を受けているなら、名前も知らないファンドよりは、泣く子も黙るこれらの株主がいるほうが他の出資者も心強い。

ただVC自体がコネの世界で出資が出資を呼ぶところもあるし、彼らとて打率10割ではないので、出資タイミングやその後ピボットしたかどうかなど、Crunchbaseなどを頼りに調べたほうがより評価に使える情報が増えるだろう。

Technical Advisoryに貫禄のある人の写真がたくさん並んでいる

そのAIスタートアップが注力している分野で有名な教授であれば、外向けの採用でのアピールや、ビジネス人脈でプラスに働くのは間違いないだろう。

ただ、そうでなければ、単にウェブサイトの見た目を充実させたい(若いCEOの背後にシニアな人達が付いている安心感の演出など)だけではないかという風にも見えかねない。

…記事が長くなりすぎた。全体的に減点方式にならざるをえないが、これらをすべて満たしていないとダメ、ということではなく、あくまで外見から総合的に評価するためのヒントとなれば幸いである。また、スタートアップという単位で見たほうがわかりやすいが、大企業のAI事業についても似たような評価視点はある程度あてはまるだろう。