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Amazonのプラットフォーム戦略を学ぶ(本紹介)

Twitterでも紹介したAmazonのプラットフォーム戦略本について感想をここに書く。

ベゾスCEOの容赦無さや過酷な労働環境やECでもクラウドでも順調すぎる売上と利益の拡大ばかりが耳に入るAmazonだが、企業としていかに優れたプラットフォーム戦略を取っているかという話を、これまでのEC事業とAWSの成功とともに、今後AmazonのIoTビジネスがどうなるかという視点で、もともとAmazonでMarketplaceを立ち上げた著者が分析している本だ。読書メモをとっていたら1万字を超えるほどの内容の濃さだったが、ここでは前半の内容のうち自分が特に感じ入った点を3つを挙げたい。

IoTのもたらすシームレスな消費者体験の価値

Amazonが単なる顧客第一を掲げる企業と違うのは、顧客(満足)への執念(Customer Obsession)というのは有名で、様々なデバイスで新しい消費者体験を実現してきたが、IoTの本質はApple Watchのような「モノ」ではなく、それらが結び付いて組み合わったビジネスへの「インパクト」のことだという。

ここまでよくある話で、Kindleは読書体験そのものを変えた成功例だが、さらにIoT的な例としてAmazon Dash Buttonの価値について詳しく触れられている。自分もこれは最初はジョークかと思ったくらいでまだ試せていないが、この本を読むと、WiFiに繋がった何の変哲もないボタンで、押すと特定の商品が届くという単純なデバイスに込められた深遠なが狙いがわかってくる。「欲しいものがすぐ届く」という消費者の欲求を、ECサイトスマホアプリも超えてここまでシンプルかつダイレクトに叶えるものは他にないのだと。

また、ネットに繋がったホームスピーカーにしか見えないEchoが、実は音声認識機能Alexaを「トロイの木馬」として家庭に送り込むための先兵にすぎず、ホームIoT領域ではAmazonの侵攻がかなり進んでいる(GoogleAppleは追いかる側)という状況も詳細に説明される。答えは5年後10年後に出るだろうが、Amazon有利という視点は今年のCESでのAlexa対応機器・サービスの盛り上がりと一致するところだ。

大きく考え、小さく始めることの重要性

野心的なビジョンであってもまず小さく始めて顧客のフィードバックを受けることの重要性は本書を通じて何度も議論されている。Amazonは最初から華々しく製品を発表してマーケティングに大金を使うのではなく、まず限定的に展開してそのレビュー結果が良いと判断して初めて一般販売を開始するのだと。実際Amazon EchoもDash Buttonも当初は「ベータ版」としてPrimeユーザーのみに展開をはかったそうだ。

面白いのはAmazonの失敗デバイスとして、2014年に発売し一瞬で市場から姿を消したFire Phoneもちゃんと紹介していることだ。だがベゾスはその理由を問われ「投資には付き物の、デバイス戦略の一部の実験における失敗に過ぎない」と言い切ったというのが凄い。またそれに懲りず「イノベーティブなチームが"社内で"批判されたり邪魔されたりせず大きな目標へ集中できるよう防護壁を作って励ますのが自分の仕事だ」という言葉も力強い。

成功した会社では普通、既存事業の収益最大化のための持続的改善"だけ"が全社的な目標となるが、Amazonはそれと新しいイノベーションを同時に推進できる稀有な会社として繰り返し賞賛されている(これは著者が元Amazon社員であることを割り引いて聞かないといけないが)。

同じチームが両方をやることは不可能なので、どこの会社でも本業とは別の新規事業部門を作るが、EC事業の傍らでAWSを生み出し、さらにIoTでも次々と革新的なデバイスを投入してくるAmazonのリーダーシップは確かに傑出している。読んでいて、これからどの業界がAmazonによって破壊されていくのか、段々と恐ろしくなってくる。

IoTによるプラットフォームビジネスの難しさ

MarketplaceやAWS、そしてAlexaなど外部にプラットフォームを開放するのは新たな価値を生み出すアイデアとデータをクラウドソーシングするようなものだという。まさに「肉を切らせて骨を断つ」の世界だ。プラットフォームビジネスのコアは、単に外部へ広く機能を提供するベンダーになるのではなく、それによって自らのビジネスが強化されることにある、というのはAmazonの特異なポジショニングを適切に表していると思う。

プラットフォーム実現で最も難しいのはそのソフトウェア技術でもAPI設計でもなく、サードパーティに使ってもらうというオープンなマインドセットへの転換だという。それが成立した上ではじめて、どうやって儲けるか?パートナーとのエコシステムは?ソフトウェアのアップデートは?リスクと法的責任は?高可用性は?などのビジネスモデルと技術課題の議論ができるようになる、と。

IoTプラットフォームの夢を膨らませていくと「プラットフォーム構想は完成した。あとはソフトウェアを開発して、提供するだけだ」と気楽に考えがちだが、それはよくある大きな誤りで、実際に他社ビジネスのコアとして使えるプラットフォームを実現して提供するのはもっと長く辛く困難な道である、というのはソフトウェアの会社にいる人間として深くうなずけるところだった。

…このあと本の後半では製品売り切りビジネスから、それがもたらすデータや価値をベースにしたビジネスモデルへの転換の必要性と、実際に新規IoTプラットフォームビジネスの戦略をどのように立てて実行していくべきかという具体的なアドバイスが載っていて、Amazonの過去や現状と照らし合わせると非常に説得力のあるものだった。

いまのところ邦訳は出ていないが、IoTやプラットフォームビジネスに興味がある人ならたとえ流し読みでも損はしない内容だ(Amazon.comだとAudible版もある)。